「とりかへばや物語」(鈴木裕子編)①

男女のジェンダーに関する考察ができる古典の一冊

「とりかへばや物語」
 (鈴木裕子編)角川ソフィア文庫

権大納言の息子は内気でおしとやか、
娘は活発で外交的。
貴族としての生活が
難しいと判断した父親は、
二人の性別を取り替えて
成人式を挙げさせる。
娘は男性として女性と結婚、
息子は女官として女性の東宮へ出仕、
ところが…。

男女の入れ替わり小説の
最も古い時代のものです。
何せ書かれたのは平安末期。
もちろん男女の魂が
入れ替わるわけではなく、
瓜二つな男女のきょうだい
(兄妹なのか姉弟なのかは不明)が
入れ替わるという物語なのです。
それも二度。

一度目は父親の
「とりかへばや(取り替えたい)」
という願いによって、
男君は姫君として、女君は若君として
成人の儀を執り行いました。
それぞれの能力が活かされ、
若君(実は女君)は中納言へと出世、
姫君(実は男君)は内侍として
出仕が叶うことになるのです。

二度目はそれぞれの入れ替え生活が
行き詰まりを見せ、
その打開としてその役割を
「とりかえばや」と願うのです。
本来の性に戻った二人は、
それまで以上の出世
(男君は関白、女君は中宮)をして
めでたく大団円を迎えます。

さて、以前取り上げた
「君の名は。」
「おれがあいつであいつがおれで」
と同様、本作品もまた
男女の入れ替わりという
設定そのものを
主題にしているわけではありません。
視点の多くが
女君へ集中していることと、
取り替えの前後で
男君がほとんど悩んでいないのに対して
女君は常に
苦悩していることを考えると、
未詳である作者の創作の意図は
「女の一生」の描出にほかなりません。

ただ、
現代の視点で読み解いた場合、
やはり男女のジェンダーに関する
考察ができると思うのです。

二度目の入れ替わりによって、
それぞれの職務上の能力は
低下したはずです。
しかし、
男君は女性として磨き上げた
艶やかな美しさや
周囲への細やかな配慮が実を結び、
宮中での信頼を勝ち得ていきます。
女君は男性として生活した経験から、
論理的な思考と判断によって
窮地を見事に切り抜けます。

「男らしさ」「女らしさ」だけではなく、
男女それぞれの良さを認め合い、
お互いに吸収し、
それを社会に活かしていくことの
大切さを訴えているようにも
思えてきます。
もちろん作者は
意図していなかったと思うのですが。

男女入れ替わり物語を
現代から読みさかのぼると、
いろいろなものが見えてきました。
「君の名は。」
「おれがあいつであいつがおれで」
そして本書「とりかへばや物語」。
この3冊、お薦めです。

※本書の編者は
 男君女君の年齢の上下を
 推察できるものがないとして
 「きょうだい」としていますが、
 いくつかの国語便覧をあたると、
 「兄妹」の記述が多いようです。
 このあたりの詳細を
 知りたいところです。

(2019.5.2)

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